児童憲章の制定と「日本子どもを守る会」の誕生

児童憲章の制定と「日本子どもを守る会」の誕生

 「児童憲章」は1951(昭和26)年5月5日(こどもの日)に制定されました。内閣総理大臣が招集し国民各層・各界の代表で構成された「児童憲章制定会議」(会長は金森徳次郎=内閣法制局長官、第1次吉田内閣での憲法担当国務大臣)による熱心な審議を通じて文言が練り上げられました。多くの苦労と困難を乗り越えて成文にたどり着くまでの児童憲章の成立過程には、文部省・厚生省案をはじめ各自治体からも独自の案がだされています。有名な前文は東京都の案が下地になっています(厚生省児童局『児童憲章制定記録』1951年9月、日本子ども守る会『児童憲章読本』1976年5月)。

 児童憲章は、憲法・教育基本法・児童福祉法など子どもの人権を定めた戦後の民主的改革のながれの結晶として、それらを踏まえて日本の子どもを総合的に守り育てる社会の課題と大人の役割を明らかにしたものです。そこには「権利」という言葉は使われていませんが、戦前の子ども観を廃して、新しい子ども観と子どもの権利を内外に高らかに宣言したものです。わが国の児童憲章は、国連で児童の権利宣言(1959年)がつくられるよりも、8年も前に制定されたものであり、世界的に見ても先駆的な子ども憲章と言える、わが国の宝です。

 1951年5月5日に「児童憲章宣言式」が行われましたが、その式典には、内閣総理大臣、衆参両院議長、最高裁判所長の挨拶をはじめ、GHQやCIEからもメッセージが寄せられました。それらの挨拶の中で、時の吉田茂内閣総理大臣は、「わが国の次代をになうこどもの人間としての品位と権利を尊重し、これに良い環境を与え社会の一員として心身ともにすこやかに育成することはわれわれの責務であります」と、《権利》とともに《品位》という言葉を使い、児童憲章の子ども観を述べていました。また林譲治衆議院議長は子どもを守り育てる仕事は国を挙げての大事業であり、この憲章を絵に描いた餅にすることなく、国民に広く知らせる一大国民運動を展開すること、行政的な措置をとること、財政的裏づけをすることを強調していました(前掲『児童憲章制定記録』資料)。

 児童憲章の制定直後に政府が一丸となって児童憲章の宣伝と普及を行おうとしたことは、「厚生省通知」296号(同年6月2日)の内容にも良く現れています。そこには、新聞・雑誌・ラジオ・映画を通じて広く知らせることや、学校教育の教科目に中に位置づけること、さらには児童憲章の歌をつくること、学校やPTAの会合・式典で斉誦すること、さらにはカレンダーやタバコやキャラメルの箱に条文を印刷することなどが細かく提案されています。今日まで続いている重要な取り組みとして「母子手帳」への全文の印刷・収録などの指示もあります。

 しかし、児童憲章の制定直後の国を挙げての普及・実行に向けての位置づけと高揚感は頓挫します。同時期に起こった朝鮮戦争勃発(1950年6月)に伴うGHQの対日占領政策の転換による、日本社会の民主化の抑制・再軍備化、いわゆる「逆コース」の始まりによって理想に向かう歩みが方針転換され、児童憲章の普及と実質化への道は放棄される運命をたどることになりました。

 児童憲章が掲げた理念と規定の遂行の道を放棄した政府に代わって、その理想と課題を国民自身の手で進めるために、基本目標に<児童憲章の完全実現>を掲げて誕生したのが「日本子どもを守る会」(1952年5月17日)です。初代会長に就任した長田新(日本教育学会会長・日本学術会議会員・広島文理科大学学長・ペスタロッチ研究者)は「さきに立派な児童憲章は公布されたが、それは全くの反古紙同様で、国家は何等の実績を挙げようともしない」と厳しく批判し、副会長には秋田雨雀・壷井栄・国分一太郎・宮原誠一らとともに「子どもを守ろう」と呼びかけていた羽仁説子・神崎清が就任しました(「日本子どもを守る会会報」第1巻1952年9月号)。

 特に神崎清(ジャーナリスト・文部省児童文化審議会長)は、児童憲章制定会議のメンバーとして制定過程に深くかかわって尽力してきたこともあり、平和と民主主義の徹底と実現の道を放棄した政府の方針転換を厳しく批判するとともに、児童憲章の完全実現をめざす日本子どもを守る会の運動の発展に全力を尽くしました。第2代会長の羽仁説子の時代に、日本子どもを守る会は大きく発展し、月刊誌『子どものしあわせ』(1955年6月創刊)や年刊『子ども白書』(1964年創刊)を通じて、<児童憲章の完全実現>への取り組みは現在まで継続・継承されています。

 児童憲章は制定から70年、決してその役割を終えていません。それどころか、ますます軍備増強と民主主義の形骸化がすすむ今日の日本社会の中で、その理念と精神は輝きを放ち続けています。1989年に成立した国連子どもの権利条約と深く連動して、平和な世界と子どものしあわせ、生活と発達を保障する明確な指針として、ますます重要な意義と役割を担っているといえるでしょう。

(第8代会長・増山均)

児童憲章を学ぶ本

  • *『児童憲章制定記録』厚生省児童局、中央社会福祉協議会、1951年9月
  • *『解説児童憲章』文部省児童文化分科審議会編、社会教育連合会、1951年9月
  • *『児童憲章読本―子どもの発達と権利を守るために』日本子どもを守る会、1976年5月
  • *『児童憲章—日本の子どもの権利宣言』田代不二男・神田修編著、北樹出版、1980年6月
  • *『ぼくとわたしの児童憲章②とびだせ地球っ子』監修・堀尾輝久、日本標準、1991年11月
  • *『花には太陽を子どもには平和を―子どもを守る運動の50年』日本子どもを守る会編、2002年5月
  • *『子どもの尊さ』日本子どもを守る会、草土文化、2006年12月
  • *『子どもの尊さPart.2—子どもを守る運動の60年』、日本子どもを守る会、2012年5月など
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